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僕がフォークギターを持って歌うのは決して70年代が恋しいからではなく、僕の髪が長いのは決してヒッピーに憬れていたからではない。 僕の知っている70年代は決して愛と自由に満ち溢れていたわけではなく、無気力と無責任と無関心と、生きていくのにやるせなくて希望の持てない時代だった。 だから僕たちはよけいに愛とやらを欲しがったわけで、そして自由に憬れて、好きな事言って、好きなことやって。 本当の愛を地上に引き摺り下ろして、そして自由になったような気がして。誰もがみんなジョンレノンになったような気がして。みんな胸にピースバッジをつけ、ラブ&ピースをまるで念仏のように唱えて町を練り歩き、町は偽平和主義者であふれかえっていたんだ。 なんのことはない、ただみんなさみしかったんだ。明日に希望なんて持てなかったんだ。でも自分でなんとかする勇気もなくて、ただギターを持って歌っていれば神様に近づけたような気がしていたんだ。 ラブ&ピース それはまだ肌寒い春の日の事だった。僕たちは何でもかんでも神様に頼っていた。いつの間にか町は偽宗教家で溢れかえっていたんだ。愛と平和のため、人類と地球を救うため、自分達だけが幸せになるため、毒ガスをあちこちにばら撒いたんだ。 20世紀もいつの間にか終わっちゃって、ノストラダムスも終末論もどこかにぶっ飛んじゃって。世紀末になればきっと大地震が起きて、堕落した僕たちは浄化できるんだと信じていた。 時計の針は新年を迎え、21世紀おめでとうなんて世界中でバカ騒ぎ。結局70年代と何にもかわっちゃいなかった。ただ違うのは、70年代は誰かに責任をなすりつければよかったけど、今は、自分で責任を取らなくちゃいけなくなった。 だからみんな懐かしがるんだ、70年代はよかったねって。でもね、ほんとはちっともよくなんてなかっただろ?背骨の曲がった魚が川を上り、空はいつも煙でおおわれて、人の事なんて関係ない、ただ責任をとらなくてすんだから、みんな好き勝手なことやっていただけなんだ。 ラブ&ピース それはとても暑い夏の日の事だった。また新しい戦争が始まった。お互いの正義が暴力を振りかざし、ビルは一瞬のうちに地上から姿を消した。 この国も産声をあげたときからずっと戦い続けてきた。あるときは貧しさのために、あるときは誰かのちっぽけな誇りのために。そして多くの兵士や住民たちが山に埋もれ海に沈んだ。 女や子どもや年寄りまでも、みんな燃える灰になった。山や川や海までもみんな燃える灰になった。たった60年前の話だってさ。ほんの60年前の話だってさ。 ラブ&ピース 戦争はいつのまにか名前だけになってしまい、特攻隊は暴走族の代名詞になった。もうすぐ広島と長崎に原爆が落とされたことさえ、みんな忘れてしまうだろう。その昔歌われていた反戦歌も、もうすっかり息を潜めちゃったし、今日もまた、地球の裏側で戦争は続いているのに、誰のそのことに触れようともしなくなった。 今朝ミサイルが7発も日本海に打ち込まれたんだってさ。 みんな自分の事で精いっぱいで。今日の晩飯の事で精一杯で。違うだろ?僕たちの求めていたものはこんなことじゃなかったはずだろ? 何にもかわっちゃいないかもしれないけど、僕たちは気づいているはずだ。何にもかわらないかもしれないけど、このままじゃいけないって事。信じれるものも少なくなってしまったけど、あきらめるにはまだ早すぎるって事。時代は変わるたびに、僕達も成長していくって事を。 今の時代だからこそ僕は素直な目と耳と心は曇らせちゃいけないと思うのです。 誰のためでもない、自分のためでもない、忘れられようとしている優しい心のために。そして僕たちの笑顔と、優しいあなたの笑顔のために。 今こそ愛と平和の歌を、愛と平和の歌を歌おう ラブ&ピース 〜愛と平和の歌より〜 詩、曲 たがみひろやす Copyrightc 2007 たがみひろやす ・ Official Homepage All rights reserved.
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